日本初のデジタル一眼レフカメラ風船撮影成功秘話を公開します。
雑誌や写真では伝わらない裏舞台について触れたいと思います。
デジタル一眼レフを上げる決意
これまでGoproというアクションカメラを使用して宇宙撮影をしてきました。
アクションカメラはタフで軽くて使い勝手もよく、値段も安い、非常に風船宇宙撮影向きのカメラです。
が、しかし、私はこのカメラで撮影される映像に満足できなくなってきました。別にGoproがカメラとして劣っているからではありません。
より美しい宇宙が見たい、本当の宇宙を見たい、という気持ちから、より性能の良いカメラを使った宇宙撮影をしたいという想いが日々強くなっていました。
また、世界中でスペースバルーンの打上が成されていますが、皆が皆Gporoを使っています。
Gopro以上の宇宙映像は世界にないのです。
ないものを見たい、さらに先を見たい、そうしてデジタル一眼レフ打上の計画が始まったのです。
沸き上がる数多くの問題点
デジタル一眼レフを打上げたいと思い立ったのは良いものの、調べれば調べるほど、非常に困難であることが分かり始めました。
たとえば、設定です。Goproは自動で全て設定してくれるので、ボタンを押して適当に空に放てばとりあえず宇宙の撮影は可能です。しかし、一眼レフはそうは行きません。一眼レフは設定が全てマニュアルです。設定をきちんとしないと撮影すらできません。設定自体もその環境を知らないと設定できません。当たり前ですが、宇宙に行ったことなんてないので宇宙での設定が分かるはずがないんです。宇宙飛行士に聞く? それも無理な話です。地球周回軌道と成層圏では条件が違うので、全くあてになりません。聞いたところでカメラのプロではありませんから適切な設定は分かりませんし、そもそも使用するカメラは最新のカメラです。同じ設定では不可能です。
カメラが成層圏環境で動くかどうかすら分かりません。新しく使用するカメラはこれまで誰も使用したことのないデジタル一眼レフです。Goproであれば何度も打上して成功させているので、安心して使用できますが、せっかく買ったとしても使えないかもしれません。
試しにデジタル一眼レフを購入するわけにも行きません。なんといっても高いです。すぐに40万円程度かかります。レンズもどれを使っていいか分からない、何を買い揃える必要があるかも分かりません。
機体が揺れると撮影した映像が写真になりません。これまで以上の安定性が必要です。現状打上している風船装置は、恐らく世界最高レベルの姿勢安定性を持っていますが、それでも不十分です。より向上しないといけないのです。
機体重量が大きくなるので、さらなる安全設計も必要です。
このように多くの問題がわき上がり、どれも非常に困難な事柄ばかりでした。
プロ映像クリエーターとの協力
昨日の記事にて記載しましたが、TGB design.のクリエティブディレクションをお願いするようになりました。
TGB design.からご紹介頂き、日本の映像業界では知らない人がいないプロ映像クリエーターの仲 雷太さんと引き合わせて頂きました。彼は25万アクセスを誇るraitank blogの運営者でもあります。
仲さんとお会いして、カメラに関する難題について協議しあうことで、解決に向けて一筋の光が差しました。デジタル一眼レフカメラ風船撮影成功へは、私一人の力だけで成功に導くことができたものではありません。
これまで様々なカメラで宇宙撮影をしてきたアーカイブ映像は何十本と収録してきましたので、これまでの大量の宇宙映像を仲さんに見て頂き、それを元にどのカメラを使用するのが適切か、設定はどの程度で実験をする必要があるかを教えて頂きました。
こうして宇宙を撮影するためのカメラ設定が出来上がりました。
植松電機の協力
さて、設定は出来上がりました。
上空でも動かせるように新しい装置を作り上げ、改造してみたのですが、ここで新たな問題が生まれます。
この作り上げた装置と、この設定でカメラが極限環境で動くかどうか分からないのです。
宇宙撮影では-65度の超低温と、真空の世界で機械類を動かさなくてはなりません。
機械類は全てバッテリー(電池)で動きます。電池はこのような超低温では使用できません。使用できる電池は世界に存在しないのです。最も低い温度で使用できる電池でも-20度より低温では使用できないのです。
また、真空下では装置内部の温度分布が地上と異なりますので、思いもよらない場所に負担がかかり壊れます。
上空と同じ環境を作り出して試そうにも、今回の装置は大型なので、これまで自作した実験装置では実験できません。デジタル一眼レフ打上に使用する風船やその他装置は非常に高価です。ぶっつけ本番で適当にやって、「ああダメだった、もっかいやろう。」なんていう乱暴なことはできません。実際に動くかどうかを打上げの前に知っておく必要があるのですが困りました。
大きな撮影装置を真空にできる装置は植松電機にありました。そこで、いつもお世話になっている植松電機に実験をご協力頂きました。
仲さん指定のカメラを購入し、私の技術で改造し、アドバイスの通り設定を行い、装置類を植松電機の真空槽に入れます。
この真空槽の中では1000分の1気圧より低い圧力まで減圧することができます。
ここで必要な時間動き続けることを確認すれば、実際に打上をしても大丈夫という訳です。
動き続ける機械類。
規定時間の実験を終え、確認してみると、宇宙撮影が可能な時間分カメラも機械もすべて動作していました。
植松電機のご協力のお蔭で、上空で改造カメラが動くかどうかの確認ができました。
姿勢の安定化
さて、これでカメラを無事に成層圏に持っていき、撮影はできるようになりました。
一眼レフで揺らして写真撮影を地上実験で行ってみたところ、ムンクの叫び写真しか取れません。
まともな写真を撮るためには安定していないといけないのです。
これは実はかなり困難な問題でした。
風船は空に漂っていて何かに固定されているわけではありませんから、好き勝手に揺れてくれます。
この揺れを制御するために、空力的に安定し、そして振動工学的にもっとも安定する装置を新たに設計し直しました。
4種類の機体安定機構を組み込んでいます。ほとんどが自然の摂理を利用した仕組みなので、機械式や電子式のような信頼性の低いものではありません。必ず安定します。
新しい実験装置を作っては試しに打上し、それがゆがんでいるようであれば、また改良する、を繰り返し、ようやく安定した装置を作り上げることが可能になりました。
安全性の向上
今回の宇宙撮影装置はこれまでで最も重量の大きな機体になることが分かりました。
この重量物であると、落下先に心配が出てきます。
なので、これまで以上の安全対策が必要になりました。
これまでより、ずっと安定した、減速降下の大きい新しいパラシュートを開発しました。
イワヤ式パラシュートという成層圏からの自由落下にも耐えられる、風船宇宙撮影に特化したパラシュートです。
このパラシュートは子供でも作ることができます。設計図もホームページで公開しているので、ぜひ作って遊んでほしいです。
このパラシュートの他に3種類の安全装置を組み込み、何があっても必ず安全な速度で地上に到達するよう設計を施しました。
これもまた、これまでの豊富な打上実績があってこそ可能です。
そして打上へ
こうしてすべての条件を整え、デジタル一眼レフの風船宇宙撮影装置は空に舞いました。
多くの困難を乗り越え、打上に臨みましたが、初めての試みなので無事回収できるまでずっと緊張し続けていました。
予測地点から大きなずれもなく機体は落下。
GPSの情報を頼りに回収。
この瞬間ほど嬉しいものはありません。
またカメラマンの藤倉翼さんにドキュメント写真も撮って頂きました。
こうして新しいステージに入った風船宇宙撮影は無事成功することができたのです。
今後はこれまでより数段高いレベルの映像を作成していきます。
風船宇宙撮影をこれからもよろしくお願いいたします。